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2016年11月30日 (水)

地域を豊かに~山村の価値を表現する「アルベルゴ・ディフーゾ」3

ノンフィクション作家●島村菜津

 観光大国イタリアですが、日本人にはまだまだ知られていないアブルッツォ州に世界から注目を集めている小さな山の集落があります。海抜1250mの山間地にあるサント・ステファノ・セッソニオという長い名の村です。人口は100人ほどですが、中世の面影を残す石造りの路地を進むと、すぐに受付があり、この集落の中に1棟貸しのお部屋が点在しています。これもまた、三度にわたってご紹介している「アルベルゴ・ディフーゾ」の一つなのです。
 山村の過疎化に果敢に取り組んでいるイタリアでも、標高の高いこの村は、20年前までは半ば廃墟と化していました。この村に17年ほど前、一目ぼれしたのが、当時、大都会ミラノに暮らし、ホンダのバイクで旅をしていた33歳のダニエーレ・キルグレンさんでした。資産家の家に生まれた彼は、自ら投資し、少しずつ村を修復していきました。「最初は村の人にさえ頭が変だと思われていたな」と言います。しかし、今では村の3分の1ほどが彼の手によってよみがえった建物で、それらを宿として生かすことにしました。古代ローマ時代、6番目の要塞(ようさい)だったという歴史にちなんで「セクタンツィオ」と名付けました。するとこの村丸ごとの宿が話題となって、今ではハリウッドスターやアラブの富豪までやって来ます。
 しかも驚かないでください。ここは、約1万5000円から何と10万円する棟まである高級志向の宿です。小さいながら彼の経営するレストランやバー、薬草茶専門店に加えて、村の人が始めた食堂なども、村の中にちゃんとあります。
 今の時代、たどり着くのがかなり大変でも、文化的価値が高く、それをきちっと表現する場所さえあれば、人は遠くからでもやって来ることをダニエーレさんは証明したのです。むしろ、たどり着くのが大変だからこそ、そこに美しい自然が残り、素朴な暮らしが残っている、という言い方もできます。
 少しずつ修復されていく村の様子を見ても首をかしげていた村の人が、「ようやく理解してくれたのは、その文化的価値が、経済的に機能し始めてから」だったとダニエーレさんは言います。世界中から人が来るようになってもまだ、「ペスカーラ(海辺の主要都市)から高速道路を通せないものかな」などとつぶやいていたそうです。「それじゃ台なしだ。曲がりくねった山道を、現代の旅人は楽しんでいるんだよ」と言っても、なかなか理解してもらえなかったそうです。
 今の時代、IT化も進み、どんな情報も把握している気になってしまう私たちですが、都会に暮らす人の渇望や感性を、田舎に暮らす人に伝えることも、また、その逆に自然の中で生きる人の暮らしや技術の価値を、都会の人に伝えることも、案外と成功していないことに気付かされます。日本はどうでしょうか?


(上)古代ローマ時代の面影を残すサント・ステファノ・セッソニオ村。(右)村を修復してきたダニエーレ・キルグレンさん


島村 菜津(しまむら なつ) ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。

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