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2017年12月27日 (水)

世界でそこにしかない在来野菜の強み

ノンフィクション作家●島村菜津

 山形県米沢市が、数年前からモニタリングツアーを始めているのが、地域の食文化に特化したフード・ツーリズムです。しかも、長い歳月、地元の農家が種取りを続けてきた伝統野菜を、ツアーの目玉にしているのです。
 山形県には、山形大学農学部の先生方が立ち上げた「山形在来作物研究会」があります。この地域の豊かさを最初に教わったのは、その野菜の専門家、江頭宏昌先生と果実を専門とする平智先生でした。十数年前、お二人の案内で、山形各地に残る珍しい在来作物を見せていただいた折、特に衝撃を受けたのが、米沢市上長井地区の雪菜でした。畑だと案内されたのは雪原で、スコップで掘り起こすと中からつややかで、ほんのり黄緑がかった白い雪菜が現れます。
 これは雪の中で育つ軟白野菜の一種です。正確には、遠山カブがとう立ちしたもので、わざわざ秋に植え替えをします。しかも雪の中から掘り出したカブの花芽は、傷んでいる外側をどんどん落とすので、歩留まりも悪い。けれどもその花芽には、他の野菜にはない歯切れのよい食感と風味があったのです。
 生でも楽しめますが、3~4cmに切り、豚肉としゃぶしゃぶにするとまた香ばしくなって格別です。さらに地元では、「ふすべ漬け」という漬物にします。「ふすべる」とは方言で、さっと湯に通すことで、そうすると独特の辛味が出ます。ツアーのトリは、この雪菜の畑見学。どんな作物にも作る苦労はありますが、その点、この雪菜の畑ほど、それが伝わる現場はそうありません。地元のおばさんに、ふすべ漬け作りも教わりました。
 また、宿泊は、米沢の奥座敷と呼ばれる小野川温泉。その小さな温泉場の真ん中に立つ怪しげな青テントをのぞくと、そこは丸太とわらで作られた室で、温泉熱を利用した豆モヤシの栽培現場でした。暗いうちに起きだし、終始、腰をかがめての収穫作業には、本当に頭が下がりました。雪菜は、10軒ほどの農家が出荷もしていますが、江戸末期から続く豆モヤシの後継者はその半分。その希少な食文化を守ろうと、自治体も乗り出しました。それらの味わいと現場の磁場に引き寄せられるように、気が付けば米沢市にも5回も足を運びました。
 さらにツアーでは、造り酒屋での試飲やみそ造りと盛りだくさんでした。雪の季節にこそ味わえる在来作物のフード・ツーリズム。その世界でここでしか味わえない希少さは、グローバル化する現代において圧倒的な引力があります。そして、ただ珍しいだけでなく、現場の苦労も理屈抜きに分かる旅は、雪景色の残像も相まって、私のようなリピーターを育てること受け合いです。山形県の在来種はまだまだあるだけに、有望です。

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雪をかき分けて掘り出すと雪菜が現れる

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収穫された雪菜

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温泉熱を利用して栽培する豆モヤシの収穫


島村 菜津(しまむら なつ) ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生!』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。新刊に共著の『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化』(誠文堂新光社)。