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2016年9月29日 (木)

地域を豊かに~地方創生のヒント 当たり前の暮らしが輝く「アルベルゴ・ディフーゾ」2

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ノンフィクション作家●島村菜津

 前回、お話ししたイタリアの空き家対策アルベルゴ・ディフーゾは、北部フリウリ・ヴェネチア・ジュリア州にある村、コメリアンで生まれました。
 その合理性は、人手が足りなくても、レセプションは村に一つで良しとする点。予約した観光客は、そこで鍵をもらい点在する家へ向かいます。料理好きならまだしも、素人が無理をして食事の用意をするより、地域の店や食材にお金を落としてもらうわけです。
 誕生のきっかけは1970年代、このカルニア地方の村々を襲った震災による人口流出でした。村の活性化に取り組んできた建築家のカルロさんは、こう力説します。
 「余暇の文化、古民家、歴史、自然、職人や食文化、農業や林業、それら全てが、村に人が住み続けることによって、やっと存続する。役人は、荒れた森や河川のことなど、環境の保護に、人が住まなくなることでどれほど費用が必要なのかを、まだ理解していないのだ。山村に暮らす若者が、何に最も苦しんでいるのか。それは病院が遠いとか、経済性でもない。最も苦痛なのは、疎外感なんだ」
 一度、約40人の大学生が村に2週間も滞在したときは、老人ばかりの村の空気が一変したそうです。つまりアルベルゴ・ディフーゾは、村の暮らしのさまざまな側面を活性化する動力、新しい観光の形だというのです。近くには、アクア・テルメという温泉水を使ったプールやマッサージができる施設もありました。
 しかし、何より心に残ったのは、山村の暮らしの断片です。夕方、散歩をすると、山で採ってきたポルチーニを干す人や、数頭の牛の乳を夫婦で手搾りする光景に出合いました。隣村の肉屋の「レナートのサラミ」は、塩分の少ない半生タイプの絶品で、数々の受賞歴がありました。私は、料理上手の女性に頼んで、郷土料理を作っていただきました。夕食には、トウモロコシ粉を練ったポレンタや猟師の射止めた鹿肉をラグーにしたニョッキなど素朴な料理が並びました。そして、緑の渓谷を吹き渡る涼しい風を受けながら、テラスでいただいたチーズにサラミ、手作りのジャムにタルトという地元ずくめのぜいたくな朝食は、ものづくりが残る村ならではの思い出となりました。
 事前に頼めば、希少なランの花や昆虫も多いという森で、ガイド付きのトレッキングも楽しめます。高山には、暖かな時期に牛を放牧するための山小屋も点在しています。
 カルロさんは、まだまだ過疎化は解消できないと言いますが、2006年にアルベルゴ・ディフーゾの年間利用者は8680人でしたが、2010年には4万2613人に伸びたそうです。
 環境の時代、観光そのものの質も変化し、村の人が当たり前だと思っていた自然や食文化、普段の暮らしそのものの希少さが分かる人たちも育っているようです。


〈写真〉コメリアンでのぜいたくな朝食。バター、パン、サラミ、チーズは、全て地元で作られたもの。ジャムやタルトは地元の女性の手作り(上)。ポルチーニなど、その日に山で採ってきたきのこを干すご夫婦(下)


島村 菜津(しまむら なつ) ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。