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2016年11月

2016年11月30日 (水)

大根役者と言わないで

一般財団法人日本気象協会●檜山靖洋

 ダイコンが旬を迎える季節です。ダイコンといえば、野菜の代表選手の一つでもあります。冬の間の重要な栄養源にもなります。
 冬の天気といえば、太平洋側では空気が乾燥した晴れの日が多くなります。この天気をもたらすのが、等圧線が縦に並ぶ、冬型の気圧配置です。シベリアの寒気が冷たい高気圧を作り、大陸に停滞します。この高気圧から冷たい風が吹き出すため、日本列島は寒くなります。日本海側は、日本海から湿った空気が供給され雪が降りますが、太平洋側には雪を降らせた後の乾いた寒風が吹き、晴れる日が多くなります。
 この乾いた寒風にさらされ、冬の日差しに当てられ、乾燥させて作るのが干し大根です。この干し大根で作ったたくあんを常備しておくと便利でおいしいですよね。冬のダイコンは「大根役者」ではなく、立派な千両役者です。


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乾燥肌の原因と対策

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佐久総合病院名誉院長●松島松翠

 皮膚の水分や油分が蒸発してカサカサになっている状態を乾燥肌と呼んでいます。乾燥肌になると、皮膚が持っているバリア機能(体を保護している防御機能)が失われてきます。
 その結果、外界の刺激に極端に弱くなります。健康な肌のときにはあまり気にならなかった刺激(気温の変化、乾燥、ダニ、ハウスダスト、雑菌など)に過敏に反応してしまい、痛みやかゆみを伴うことになります。また一度できた炎症が治りにくくなり、ニキビが起こりやすくなります。
 乾燥肌の原因となりやすい生活習慣をいくつか挙げてみましょう。
 まず第1にはエアコンの使い過ぎです。エアコンをずっと使っていると、肌の乾燥はもちろん、皮膚の脂肪も減少し、乾燥肌になります。特にエアコンの風に直接当たるのが続くのは、良くありません。
 第2は、入浴時の洗い過ぎです。特にナイロンタオルなどで、ゴシゴシ洗ってしまうと、皮膚が強い刺激を受け、バリア機能が破壊されてしまいます。たっぷりの泡で、肌にタオルなどが当たり過ぎないよう洗うのがコツといえるでしょう。
 第3は、ストレス・生活習慣の乱れです。ストレスをためてしまうと、体の調子が悪くなったり、食生活が乱れたりして、栄養が偏り、睡眠不足になります。すると肌にも影響が出て乾燥肌になりやすいのです。ビタミンAの多い動物性食品や緑黄色野菜を多く取ること、そしてインスタント食品や刺激物、冷えたものはできるだけ避けることが大事です。
 もし乾燥がひどい場合には、薬局で保湿クリームを買って毎晩塗っておくのが良いでしょう。


土の再利用~手軽にできる有機ベランダ栽培

明治大学特任教授●佐倉朗夫

 夏作や秋作が終了してそのままになっているコンテナはありませんか。今回は土の再利用について取り上げます。有機栽培では前作の野菜の残渣(ざんさ)も土の改良に役立つ貴重な有機物として利用します。
 まず、コンテナに残る前作の残渣を、根を付けたまま取り出し土を払います。(1)葉、茎、根は1~2cmの長さに細かく刻み乾かします。このとき、残渣1L当たりぼかし肥料2gを混ぜます。青みが残るものは必ず土から取り出しますが、枯れている小さな葉や細かなひげ根は土に戻します。(2)コンテナから土を取り出し、水やりや作物の根によって硬くなった土を、手でほぐしながら広げて数日間乾かしてから、目の粗いふるいで鉢底石と土に分けます。(3)今度は土を細かいふるいに掛け、細か過ぎる土を取り除きます。(4)コンテナの底に鉢底石を敷き、その上に刻んだ(1)を1~2cmの厚さに入れますが、このとき入れ過ぎないことが重要です。(5)その上に(3)を詰めていきますが、ある程度入れたら腐葉土を厚さ2cmほど敷き、表面に米ぬかをパラパラと振ります。その上にさらに土を入れ、コンテナの9分目まで入ったら表面を平らにして完成です。
 使用するまでの間は、コンテナを不織布(寒冷しゃ)で覆い、乾燥しないように適宜水やりをして保管します。不織布をトンネル状に設置しておくと、はす口を外したじょうろの先で不織布をこするようにするだけで、そのまま水やりができます。
 古土の再利用のための処理は2作ごとに行うとよいでしょう。ただし、連作を嫌うナス科、マメ科、ウリ科などの野菜は、同じ科の野菜を同じコンテナで連続して栽培しないように注意します。栽培が終わったコンテナの土には必ず虫(幼虫)がいるので、見つけ出して取り除くこと、病気になった株の葉、茎、根はコンテナに戻さないことが重要です。


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地域を豊かに~山村の価値を表現する「アルベルゴ・ディフーゾ」3

ノンフィクション作家●島村菜津

 観光大国イタリアですが、日本人にはまだまだ知られていないアブルッツォ州に世界から注目を集めている小さな山の集落があります。海抜1250mの山間地にあるサント・ステファノ・セッソニオという長い名の村です。人口は100人ほどですが、中世の面影を残す石造りの路地を進むと、すぐに受付があり、この集落の中に1棟貸しのお部屋が点在しています。これもまた、三度にわたってご紹介している「アルベルゴ・ディフーゾ」の一つなのです。
 山村の過疎化に果敢に取り組んでいるイタリアでも、標高の高いこの村は、20年前までは半ば廃墟と化していました。この村に17年ほど前、一目ぼれしたのが、当時、大都会ミラノに暮らし、ホンダのバイクで旅をしていた33歳のダニエーレ・キルグレンさんでした。資産家の家に生まれた彼は、自ら投資し、少しずつ村を修復していきました。「最初は村の人にさえ頭が変だと思われていたな」と言います。しかし、今では村の3分の1ほどが彼の手によってよみがえった建物で、それらを宿として生かすことにしました。古代ローマ時代、6番目の要塞(ようさい)だったという歴史にちなんで「セクタンツィオ」と名付けました。するとこの村丸ごとの宿が話題となって、今ではハリウッドスターやアラブの富豪までやって来ます。
 しかも驚かないでください。ここは、約1万5000円から何と10万円する棟まである高級志向の宿です。小さいながら彼の経営するレストランやバー、薬草茶専門店に加えて、村の人が始めた食堂なども、村の中にちゃんとあります。
 今の時代、たどり着くのがかなり大変でも、文化的価値が高く、それをきちっと表現する場所さえあれば、人は遠くからでもやって来ることをダニエーレさんは証明したのです。むしろ、たどり着くのが大変だからこそ、そこに美しい自然が残り、素朴な暮らしが残っている、という言い方もできます。
 少しずつ修復されていく村の様子を見ても首をかしげていた村の人が、「ようやく理解してくれたのは、その文化的価値が、経済的に機能し始めてから」だったとダニエーレさんは言います。世界中から人が来るようになってもまだ、「ペスカーラ(海辺の主要都市)から高速道路を通せないものかな」などとつぶやいていたそうです。「それじゃ台なしだ。曲がりくねった山道を、現代の旅人は楽しんでいるんだよ」と言っても、なかなか理解してもらえなかったそうです。
 今の時代、IT化も進み、どんな情報も把握している気になってしまう私たちですが、都会に暮らす人の渇望や感性を、田舎に暮らす人に伝えることも、また、その逆に自然の中で生きる人の暮らしや技術の価値を、都会の人に伝えることも、案外と成功していないことに気付かされます。日本はどうでしょうか?


(上)古代ローマ時代の面影を残すサント・ステファノ・セッソニオ村。(右)村を修復してきたダニエーレ・キルグレンさん


島村 菜津(しまむら なつ) ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。

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