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2016年9月

2016年9月29日 (木)

気球で観測

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一般財団法人日本気象協会●檜山靖洋

 天気予報は、今の空の状態がどうなっているか、その原因は何か、それがどう動くか予想することで、組み立てられます。気温や風向風速、降水量などの観測が大切です。
 地上の観測は、アメダスなど観測地点がありますが、上空の状態はどのように観測しているか知っていますか? 実は毎日、1日2回全国の16の地点で小さな観測器を入れた箱を付けた気球を揚げて、高度30kmまで観測しています。観測器からのデータは、電波で次々と地上に送られてきます。最初は直径1・5mほどの気球が、上空に揚がるにつれて膨張し、高度30kmくらいでは8mにもなります。そしてやがて割れて、観測器を入れた箱はパラシュートでゆっくり落下するという仕組みです。
 電波でデータを送るという現代の科学技術と気球を揚げるという昔ながらの科学を利用して、観測しているんですね。


肉のおいしさを引き出す熟成

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日本獣医生命科学大学応用生命科学部教授●西村敏英

 牛・豚・鶏の肉は、精肉店やスーパーの食肉売り場などの店頭に並ぶ前に、肉質が柔らかく味や香りが向上するように、一定期間低温で貯蔵されています。このように肉を一定期間貯蔵して肉質を改善することを「熟成」といいます。熟成することで食肉(牛肉・豚肉・鶏肉)としての価値が高くなります。一般的な熟成期間は、真空包装せずに4度で貯蔵した場合、牛肉で2週間、豚肉で5~7日、鶏肉で1~2日です。
 加熱調理されたおいしい肉は、それぞれの肉に特徴的な味わいが強く感じられます。また、肉質が柔らかく、かんだときに肉汁が口いっぱいにあふれ出て、肉独特の複雑な味を感じると同時に、好ましい香りが強く広がります。肉の特徴的な味わいを強く感じるには、脂肪とうま味成分のグルタミン酸やイノシン酸が重要な役割を果たしています。うま味物質は、熟成によって増加することも分かっています。
 最近、低温熟成させた和牛を提供するレストランや、熟成肉やエイジングビーフと表示された牛肉がスーパーの食肉売り場でも販売されています。エイジングとは熟成のことですが、熟成方法はドライエイジングとウエットエイジングの2種類あり、どちらも時間をかけて肉の味わいが強くなるのを待ちます。ドライエイジングは、骨付きの大きな部位のまま、温度1~3度、湿度60~80%で肉の周りの空気が動く状態をつくり、20日~2カ月も寝かせます。
 一方ウエットエイジングは、肉の乾きを抑えるように布で巻いたり、真空パックなどのまま、0~2度の低温で15~25日程度寝かせます。
 熟成によって、柔らかくなり、うま味物質が増えると、加熱した肉の香りの広がりが大きくなりますが、肉のおいしさは、よくかんで、口いっぱいに肉汁が広がると、よく分かります。硬い肉を敬遠しがちな高齢者に、柔らかく、うま味物質が増えた熟成肉はお薦めです。

西村 敏英(にしむら としひで) 農学博士。著書に『最新畜産物利用学』『食品の保健機能と生理学』などがある。 2003年日本家禽学会技術賞受賞、2004年日本農芸化学会英文誌優秀論文賞受賞。

乾き目の原因とケア

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佐久総合病院名誉院長●松島松翠

 「乾き目」というのは、「ドライアイ」ともいいますし、また「疲れ目」といってもよいでしょう。さまざまな要因により、涙の分泌が減少したり、蒸発が亢進(こうしん)したりして、目の表面が乾いて、症状が現れる慢性の病気をいいます。
 ドライアイの症状は、目の不快感、目が疲れる、目が痛い、目が赤くなる、急に涙が出る、しょぼしょぼする、目を開けていられない、物が見えにくい、などです。
 涙には、「目の表面の乾燥を防ぐ」「酸素や栄養を目の組織に供給する」「ほこりや細菌などの異物から目を守る」などの重要な働きがあります。
 まばたきをすることによって、涙の分泌と入れ替えが行われ、目の表面は常に涙でぬれているのが正常な状態です。しかし、何らかの原因で涙の分泌が減少したり、蒸発が亢進したりして目の表面が乾くと、いろいろ症状が出てきます。
 その原因の一つにコンタクトレンズの使用があります。涙を分泌する作用が鈍り、涙の分泌量が減少します。人口涙液などを点眼する方法も必要になります。
 エアコンの使用も、空気が乾燥し、涙が蒸発しやすくなります。エアコンの風が直接目に当たると、さらに蒸発しやすくなりますので、特に注意が必要です。
 また、パソコン作業をしていると、どうしてもまばたきの回数が減り、涙が蒸発しやすくなります。何かを見ることに集中すると、まばたきの回数が減ります。通常、まばたきの回数は「3秒に1回」ほどですが、読書では「6秒に1回」くらい、パソコン作業では「12秒に1回」くらいに減少するといわれています。

地域を豊かに~地方創生のヒント 当たり前の暮らしが輝く「アルベルゴ・ディフーゾ」2

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ノンフィクション作家●島村菜津

 前回、お話ししたイタリアの空き家対策アルベルゴ・ディフーゾは、北部フリウリ・ヴェネチア・ジュリア州にある村、コメリアンで生まれました。
 その合理性は、人手が足りなくても、レセプションは村に一つで良しとする点。予約した観光客は、そこで鍵をもらい点在する家へ向かいます。料理好きならまだしも、素人が無理をして食事の用意をするより、地域の店や食材にお金を落としてもらうわけです。
 誕生のきっかけは1970年代、このカルニア地方の村々を襲った震災による人口流出でした。村の活性化に取り組んできた建築家のカルロさんは、こう力説します。
 「余暇の文化、古民家、歴史、自然、職人や食文化、農業や林業、それら全てが、村に人が住み続けることによって、やっと存続する。役人は、荒れた森や河川のことなど、環境の保護に、人が住まなくなることでどれほど費用が必要なのかを、まだ理解していないのだ。山村に暮らす若者が、何に最も苦しんでいるのか。それは病院が遠いとか、経済性でもない。最も苦痛なのは、疎外感なんだ」
 一度、約40人の大学生が村に2週間も滞在したときは、老人ばかりの村の空気が一変したそうです。つまりアルベルゴ・ディフーゾは、村の暮らしのさまざまな側面を活性化する動力、新しい観光の形だというのです。近くには、アクア・テルメという温泉水を使ったプールやマッサージができる施設もありました。
 しかし、何より心に残ったのは、山村の暮らしの断片です。夕方、散歩をすると、山で採ってきたポルチーニを干す人や、数頭の牛の乳を夫婦で手搾りする光景に出合いました。隣村の肉屋の「レナートのサラミ」は、塩分の少ない半生タイプの絶品で、数々の受賞歴がありました。私は、料理上手の女性に頼んで、郷土料理を作っていただきました。夕食には、トウモロコシ粉を練ったポレンタや猟師の射止めた鹿肉をラグーにしたニョッキなど素朴な料理が並びました。そして、緑の渓谷を吹き渡る涼しい風を受けながら、テラスでいただいたチーズにサラミ、手作りのジャムにタルトという地元ずくめのぜいたくな朝食は、ものづくりが残る村ならではの思い出となりました。
 事前に頼めば、希少なランの花や昆虫も多いという森で、ガイド付きのトレッキングも楽しめます。高山には、暖かな時期に牛を放牧するための山小屋も点在しています。
 カルロさんは、まだまだ過疎化は解消できないと言いますが、2006年にアルベルゴ・ディフーゾの年間利用者は8680人でしたが、2010年には4万2613人に伸びたそうです。
 環境の時代、観光そのものの質も変化し、村の人が当たり前だと思っていた自然や食文化、普段の暮らしそのものの希少さが分かる人たちも育っているようです。


〈写真〉コメリアンでのぜいたくな朝食。バター、パン、サラミ、チーズは、全て地元で作られたもの。ジャムやタルトは地元の女性の手作り(上)。ポルチーニなど、その日に山で採ってきたきのこを干すご夫婦(下)


島村 菜津(しまむら なつ) ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。

地域を豊かに~地方創生のヒント 空き家対策「アルベルゴ・ディフーゾ」1

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ノンフィクション作家●島村菜津

 日本の中山間地は、国土の面積のほぼ7割弱であるのに対して、イタリアはほぼ8割。同じように過疎化問題を抱えています。
 山村を元気にするためのさまざまな試みの中でも、地域主導型でゆっくりと育ち、法律をも動かした空き家対策にアルベルゴ・ディフーゾという仕組みがあります。
 農家民宿との違いは、農家に限らず、山村に暮らす住民全体が参加できること。アルベルゴは宿、ディフーゾは、太陽の光線が拡散するように広がっていく、というイメージの造語だそうです。最大の特徴は、たとえ村に20の宿が点在していても、レセプションは一つでよしという点。運営も第三セクターだったり、NPOだったり、個人だったりとさまざまです。もう一つの特徴は、あくまで古民家と村の暮らしが存続するための経済活動を生むことが目的なので、例えば、頭をぶつけそうな低い天井や、お年寄りには危なそうな急な階段もOK、古民家の保存に重点が置かれています。無理して食事を作る必要もなく、可能なら朝食だけで十分なので、地元のレストランも潤い、手間も省けます。
 2年前の夏、震災後の日本に何かヒントはないかと、この仕組みが生まれた村を訪れました。というのも、アルベルゴ・ディフーゾが生まれたきっかけは、フリウリ・ヴェネチア・ジュリア州で1976年に襲ったマグニチュード6・5の地震だからです。
 犠牲者は989人、余震が長く続き、137の山村が被害を受け、全壊家屋が1万8000棟、半壊は7万5000棟、多くの人が村を離れ、遠くへ出稼ぎに出ていきました。
 このとき、コメリアンという人口約600人の村で、たとえ家主が遠方に住んでいても無数の空き家を活用できないものか、と知恵を絞り、アルベルゴ・ディフーゾを考案したのは、地元の詩人レオナルド・ザニエールさんでした。今はローマ暮らしの詩人に代わり、当初から村のために奔走してきた建築家のカルロ・トソンさんが話をしてくれました。
 「村の歴史、自然、食文化、農業や林業、祭りや信仰、それら全ての営みが、村に人が暮らし続けることでようやく存続できる。そして、過疎化によって停滞した村の営みを活性化する動力が、アルベルゴ・ディフーゾという新しい観光、交流の形なんだ」
 その後、アルベルゴ・ディフーゾを地方自治体が正式に法律化したのは、1995年、サルデーニャ州でのこと。2015年、コメリアン村は、空洞化したマランザニス集落(38軒で住民は43人)を中心にアルベルゴ・ディフーゾを展開。今も過疎化と闘っていますが、カルロさんは、「この数年、派手な史跡や美術館がなくても、自然が豊かで本物の農村文化が残るこうした地域を訪れる人がじわじわと増えているよ」と言い、これを裏付けるように、村に新たな宿を建設中のヴェネチア人投資家にも出会いました。
 日本の山村や離島でも空き家が増え、遠方の親族が他人の介入を拒むという話をよく耳にします。世界的に貴重な木造古民家も多く、何とかできないものか、と思うこの頃です。

〈写真〉アルプス地方の中でも、戦後から人口流出が最も深刻とされる東部のフリウリ・ヴェネチア・ジュリア州カルニア地方。コメリアン村の中でも、1976年の地震後、空洞化が最も深刻だったマランザニス集落


島村 菜津(しまむら なつ) ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。