2018年2月28日 (水)

かむことは食べるエクササイズ

管理栄養士・雑穀料理家●柴田真希

 「運動」や「エクササイズ」というと、筋力トレーニングやジョギングなど体を動かさないといけないと感じる方も多いですが、食べることでもエネルギーが消費されることをご存じでしょうか。食べているだけでエネルギーが使われるとはうれしいですが、食べ方次第で、これがうまく使われなくなってしまいます。
 食事をすると消化・吸収されて体内に取り込まれますが、「消化」とはどこからがスタートでしょうか。腸に入ったとき? 胃まで届いた瞬間? 口の中に入れてかんでいるとき?
 実は、これら全て不正解で、答えは「おいしい」と感じたときからです。キッチンから煮物の良い香りがしてきたり、目の前に照り良いステーキが運ばれてきたりしたら、自然と唾液が出てきます。これは消化器官が食べ物を受け入れる準備を整えてくれているサイン。消化器官がしっかりと動くことで食事によって使われるエネルギー(食事誘発性熱産生)が増えます。
 しかし「食べるのが早い(早食い)」「何かをしながら食べる(ながら食い)」「いつも食べる物は一緒」「1人で食べる」という行為は食事誘発性熱産生がしっかりと使われません。
 しっかりとかむことも同じです。スムージーやポタージュのようなスープだけの食事ではすでに消化しやすい状態のため胃や腸がしっかり動くことができません。これらは調子の悪いときや食事がしっかりとできなくなったときに食べる流動食と同じ。しっかりとかめる食事を選ぶことも大切です。粉食であるパンや麺類をしっかりかもうとするのはなかなか難しいもの。口の中に入れて数回かんだら飲み込んでしまいます。しっかりかむならやはり粒食のお米。さらによくかんで食べたいときは雑穀や玄米を入れて炊いても良いかもしれません。
 かむことは食べるエクササイズ。エネルギーが使われるだけでなく、しっかりとかめば顎周りのストレッチにもなり表情がすっきりします。

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柴田真希(しばたまき) 株式会社エミッシュ代表取締役。Love Table Labo.代表。管理栄養士、雑穀料理家、フードスペシャリスト、1級惣菜管理士、健康食育シニアマスター、漢方養生指導士(漢方スタイリスト)。著書に『女子栄養大学の雑穀レシピ』(PHP出版)『おなかやせ定食』(主婦の友社)などがある。

野菜の栄養、おいしく無駄なくいただきます!

健康のため、意識して野菜を取ることを心掛けている人は多いはず。実は、その調理法を変えるだけでもっと効果的に栄養を取ることができるんです。今注目の書籍『その調理、9割の栄養捨ててます!』を監修したお2人に教えていただきました。

驚きの新事実!
知らないと損する栄養の取り方

野菜の栄養成分は減っている!?

 現代人は野菜不足だといわれています。時間に追われるライフスタイルや食生活の乱れなど、私たちを取り巻く環境が大きな要因ともいわれています。だからこそ野菜を頑張って取ろうと心掛けている人もいるでしょう。しかしながら、野菜の栄養成分は昔に比べて激減しているのです。例えば、50年前と現在で、一般に売られている野菜の栄養成分を比べた場合、ニンジンのビタミンAやホウレンソウの鉄分は80%以上も減少、キャベツのビタミンCは半分近く減っています。特に減少が顕著なのは、ビタミンやミネラルですが、それだけでなく精製技術が発達したことで主食である米などの他、穀類の栄養も減っています。

野菜を無駄なくいただく

 ならばなおのことしっかり野菜を取ろうと思われるのではないでしょうか。しかし、ただたくさん食べれば良いというものではありません。同じ野菜でも、調理方法によって体に届く栄養素の量に違いがあるからです。
 調理法とは、切り方、加熱の有無、保存方法、食べ方、食材の組み合わせなどですが、今までの調理法では、実は栄養分の9割以上も失っていた(ロスしていた)、などということも考えられます。野菜の栄養分を逃がさない調理法を知り、しっかりと栄養が取れる食べ方を心掛けるようにしましょう。

効率良く栄養を取る

 野菜の皮や葉、根、種子など、いつも捨てていた部分に栄養がたっぷり詰まっていることが多いのです。例えばジャガイモやゴボウ、ダイコン、ニンジンなどの根菜類は、皮のすぐ下に栄養がたっぷり。カボチャやピーマンのいわゆるワタの部分には、普段食べている部分にはない栄養成分が含まれています。農家の方々が丹精込めて栽培している野菜を、感謝の気持ちと共に無駄なく調理したいものです。

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東京慈恵会医科大学附属病院栄養部の管理栄養士、濱裕宣さん(左)と赤石定典さんにお話を聞きました。学祖である高木兼寛氏の教えに基づき、患者に麦ご飯を提供しています。また、野菜の栄養をしっかり取れる月に1度の慈恵オリジナルカレーも好評です。

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今日からすぐに生かせる知識が満載! 『その調理、9割の栄養捨ててます!』 監修:東京慈恵会医科大学附属病院 栄養部 発行:世界文化社 定価:1,400円+税

病院食レシピの先駆けである東京慈恵会医科大学の監修により、最新の知見に基づき食材の栄養素を最大限生かす調理法をまとめた一冊。切り方、加熱の有無、保存方法、食べ方、食材の組み合わせなどを食材ごとに分かりやすく紹介しています。

2018年1月31日 (水)

手前みそですが

よこはま里山研究所NORA●吉武美保子・石田周一

 青く澄んだ冬の空の下、お庭にぷ~ん、とお豆を炊くいい香り。今日はママ友たちと一緒に、里山の農家にみその仕込みを教わりに来ました。かまどにまきがくべられ、羽釜から湯気が立ち上っています。ふたを開けると、ツヤツヤの大豆がぷっくりしていました。
 「新豆は煮上がるのも早いのよ。先に炊き始めていたのだけど、台所で蒸し豆もやってみる?」
 圧力鍋に蒸し器を入れて豆を仕込んでいる間に、米こうじと天然塩を混ぜて塩切りこうじにします。ふわっとして、きゅっとして、不思議な感触。「これってカビなんだよね?」と思うと、ちょっと躊躇(ちゅうちょ)もありますが、菌の力には感服するばかりです。
 蒸し上がった豆は少し濃い色合い。塩を振って食べてみると……、うまい! おいし過ぎる! おかずにするか、つまみにするかと、ママたちは大盛り上がりです。いやいや、みそづくりに来たのですから、炊き上がった豆をつぶしに掛からなければなりません。マッシャーを使ったり、厚手のビニール袋に入れて踏みつぶしたり、フードプロセッサーを使わなくても意外とできるものなのですね。それから塩切りこうじと合わせてよく混ぜて、いよいよたる詰め作業です。「空気を抜くようにして丸めて、えいやっとたるに投入してごらん。気持ちいいわよ」。
 農家の先生にデモンストレーションを見せてもらい、それぞれ1投するごとに大騒ぎ! しっかり詰めて密封し、塩の袋をそのまま重し代わりに置きました。
 今まで、みそはスーパーで買うものでした。里山でいつも見ている景色の中にある作物と海の塩が一緒になり、菌の力を借りて1年という時間をかけることで特別な1杯のみそ汁になるんだな、とあらためて感じました。

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よこはま里山研究所NORA…http://nora-yokohama.org/

ご飯と相性が良い、みそ汁

管理栄養士・雑穀料理家●柴田真希

 ご飯と一緒に食べることの多い食材といえば「みそ汁」です。何げなく食べているこの組み合わせですが、実は相性抜群なのです。
 ご飯は炭水化物源と思われがちですが、タンパク質もしっかり含まれています。今回はお米のタンパク質の「量」と「質」を考えながら、なぜみそ汁と相性が良いのかを考えたいと思います。
 精白米1合当たりに含まれるタンパク質は約9g。成人女性の1日の平均推奨量は50gですので、1合で18%もカバーできることになります。また、ハトムギや、キビなどの雑穀には精白米に比べて約2倍のタンパク質が含まれています。白米ではなくそこに雑穀を加えることで、タンパク質の量をさらにカバーできます。
 次にお米の質について。ことタンパク質に関しては、これを評価するものとして「アミノ酸スコア」があります。アミノ酸スコアとは、体内で生成することのできない必須アミノ酸9種類がどれくらい満たされているかを表したものです。100に近い数値であるほど理想的で、肉類や魚類、卵などはアミノ酸スコア100ですが、残念ながら精白米は65で、リジンというアミノ酸が不足しています。このリジンを多く含むのが豆製品なのです。豆製品の代表といえば豆腐や納豆がありますが、みそも豆製品の一つ。ご飯と、みそ汁の相性が良い理由はもうお分かりだと思います。みそ汁の具に豆腐や油揚げが多く使われるのも納得できます。
 みそ汁は塩分が多いので控えているという人もいらっしゃいますが、旬の野菜をたくさん入れれば塩分を排出する効果が期待できるカリウムも取れ、野菜をたくさん入れることで汁の量も少なくできるので一石二鳥です。寒い冬の朝ご飯には温かいご飯と具だくさんのみそ汁で体の中から温まりましょう。

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柴田真希(しばたまき) 株式会社エミッシュ代表取締役。Love Table Labo.代表。管理栄養士、雑穀料理家、フードスペシャリスト、1級惣菜管理士、健康食育シニアマスター、漢方養生指導士(漢方スタイリスト)。著書に『女子栄養大学の雑穀レシピ』(PHP出版)『おなかやせ定食』(主婦の友社)などがある。

2017年12月27日 (水)

縦じまの天気図

気象予報士(株式会社ハレックス)●檜山靖洋

 テレビの気象情報では、天気図で気圧配置の解説をすることがあります。その中で、最も一般に広く知られているといってもいいのが「冬型の気圧配置」ではないでしょうか。大陸に高気圧、日本の東に低気圧、西高東低となり、等圧線は縦に数多く並びます。冬は、この縦じまの天気図になることが多いです。
 冬型の気圧配置になると、全国的に北西の風が吹き寒くなります。日本海側は雪が降り、太平洋側は晴れの天気となります。暖冬傾向の冬は、等圧線が縦じまに並ぶことが少なくなります。冬型の気圧配置が長続きせず、寒い日が少なく、日本海側の雪の量も少なくなります。このようなときは、等圧線が横になって並び、横しまになることもあります。冬の典型的な形から外れているということで、私はこれを「よこしまな天気図」と呼んでいます。

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大掃除と災害対策

災害危機管理アドバイザー●和田隆昌

 年末が近づくと、多くのご家庭で一斉に大掃除が行われると思いますが、家具を動かすこの時期に、災害対策の見直しをやってみてはいかがでしょうか。
 2016年の熊本地震では、人的被害の発生した木造家屋を検証すると、そのほとんどが1階部分の倒壊によるものでした。これは木造家屋は2階部分の重量によって家屋が倒壊してしまうためであり、実際の現場を見ても明らかでした。
 耐震性が低いと考えられる2階建ての木造家屋では、なるべく寝室を2階に配置するよう指導するのはそのためです。また、2階に重量のある書庫などの荷物を詰め込むことで、家屋の耐震性が大きく損なわれることになることも知っておきましょう。事前に2階の荷物の整理をやっていたために倒壊を免れた、という事例も存在します。断捨離が命を救うということもあるのです。
 過去の大きな地震発生時には、家具が凶器となって人に被害をもたらすケースが数多く発生しています。家具の配置換え、固定などの見直しなど、まずは寝室だけでもやっておくことが家族の安全を図るのにとても有効です。さらに大切なのが避難経路の確保です。地震や火災の発生時に、廊下や玄関、またはベランダなどに退路をふさぐような荷物があると避難が遅れ、生死に関わります。マンションなどの集合住宅では玄関へと避難できない場合、ベランダ方向の避難経路も必要です。先日、消防士さんとの会合の中で「火災現場で被害が大きくなる家は、荷物が整理整頓されていない家が多い」というお話を聞きました。コンセントなどにほこりがたまることで、火災が発生することもあります。年末に限らず、日々の整理整頓は災害被害から身を守ることにつながることを知っておきましょう。

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和田 隆昌(わだ たかまさ) 災害危機管理アドバイザー。アウトドア雑誌の編集者の経歴を生かし、主に自然災害の防災対策を専門とする。各種団体や地域の団体と協力し民間側における現実的な防災対策を提唱。

世界でそこにしかない在来野菜の強み

ノンフィクション作家●島村菜津

 山形県米沢市が、数年前からモニタリングツアーを始めているのが、地域の食文化に特化したフード・ツーリズムです。しかも、長い歳月、地元の農家が種取りを続けてきた伝統野菜を、ツアーの目玉にしているのです。
 山形県には、山形大学農学部の先生方が立ち上げた「山形在来作物研究会」があります。この地域の豊かさを最初に教わったのは、その野菜の専門家、江頭宏昌先生と果実を専門とする平智先生でした。十数年前、お二人の案内で、山形各地に残る珍しい在来作物を見せていただいた折、特に衝撃を受けたのが、米沢市上長井地区の雪菜でした。畑だと案内されたのは雪原で、スコップで掘り起こすと中からつややかで、ほんのり黄緑がかった白い雪菜が現れます。
 これは雪の中で育つ軟白野菜の一種です。正確には、遠山カブがとう立ちしたもので、わざわざ秋に植え替えをします。しかも雪の中から掘り出したカブの花芽は、傷んでいる外側をどんどん落とすので、歩留まりも悪い。けれどもその花芽には、他の野菜にはない歯切れのよい食感と風味があったのです。
 生でも楽しめますが、3~4cmに切り、豚肉としゃぶしゃぶにするとまた香ばしくなって格別です。さらに地元では、「ふすべ漬け」という漬物にします。「ふすべる」とは方言で、さっと湯に通すことで、そうすると独特の辛味が出ます。ツアーのトリは、この雪菜の畑見学。どんな作物にも作る苦労はありますが、その点、この雪菜の畑ほど、それが伝わる現場はそうありません。地元のおばさんに、ふすべ漬け作りも教わりました。
 また、宿泊は、米沢の奥座敷と呼ばれる小野川温泉。その小さな温泉場の真ん中に立つ怪しげな青テントをのぞくと、そこは丸太とわらで作られた室で、温泉熱を利用した豆モヤシの栽培現場でした。暗いうちに起きだし、終始、腰をかがめての収穫作業には、本当に頭が下がりました。雪菜は、10軒ほどの農家が出荷もしていますが、江戸末期から続く豆モヤシの後継者はその半分。その希少な食文化を守ろうと、自治体も乗り出しました。それらの味わいと現場の磁場に引き寄せられるように、気が付けば米沢市にも5回も足を運びました。
 さらにツアーでは、造り酒屋での試飲やみそ造りと盛りだくさんでした。雪の季節にこそ味わえる在来作物のフード・ツーリズム。その世界でここでしか味わえない希少さは、グローバル化する現代において圧倒的な引力があります。そして、ただ珍しいだけでなく、現場の苦労も理屈抜きに分かる旅は、雪景色の残像も相まって、私のようなリピーターを育てること受け合いです。山形県の在来種はまだまだあるだけに、有望です。

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雪をかき分けて掘り出すと雪菜が現れる

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収穫された雪菜

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温泉熱を利用して栽培する豆モヤシの収穫


島村 菜津(しまむら なつ) ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生!』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。新刊に共著の『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化』(誠文堂新光社)。


2017年11月30日 (木)

寒さに負けないユズ

気象予報士(株式会社ハレックス)●檜山靖洋

 12月22日は二十四節気の「冬至」です。太陽の高度が1年の中で最も低くなり、太陽の光が頼りなく感じられます。昼間の長さが1年の中で最も短い日としても知られています。冬至を境に昼間の長さが長くなり始めることから、太陽が生まれ変わる日ともされています。
 冬至にはゆず湯に入る風習がありますね。ゆず湯に入れば、寒い冬に風邪をひきにくくなるといわれます。そんなユズは、高知県など四国地方が主な産地です。かんきつ系の果実だけあって、やはり温暖な所で作られるのかというとそうでもなく、高知県でも山間部の冷え込みの厳しい所が多いようです。ユズはかんきつ系の中では寒さに強く、東北でも栽培できるそうです。寒さの中でも育つユズを浮かべた湯につかれば、寒さに強い体になれそうです。冬至にゆず湯、「ゆず」れない行事の一つです。

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暮れの仕事

よこはま里山研究所NORA●吉武美保子・石田周一

 最近、紅葉が遅くなって、12月中旬になっても広葉樹の葉が落ち切らないそうです。それでも暦通り年は暮れます。
 農家のそばを通り掛かると、何やらザザーッと、海の波のような音が響いています。
 「落ち葉が少ないんだけどね。くず掃きはしておかないとお正月が迎えられないのよぉ~」と、お宅の裏山でお母さんが笑いながら叫んでくれました。子どもがすっぽり入れそうな竹籠に、普段見るよりも一回り大きな熊手で集めた落ち葉を詰め、それを背負って堆肥置き場に行ってひっくり返し、プリン形となった落ち葉をならして踏み込んでいます。
 誘われて、首にタオルを巻きマスクと軍手を持って、いざ「くず掃き」へ! 斜面で踏ん張り、体中が熊手と一体となったような感覚で落ち葉を集めます。お母さんの手順と同じように、竹籠に詰め、堆肥置き場でひっくり返し、ぎゅうぎゅう踏み込んで。子どもたちもやって来ると、落ち葉の上がトランポリンのようになりました。寝転がってみたら、空が青くて広いこと! 落ち葉をかいた場所では、ルリビタキが虫を探しに来ていました。
 一休みで土間に行くと、トントンとおじいさんが稲わらを木づちでたたいています。正月飾りの締め縄や輪飾りを作る準備です。ユズリハもウラジロも庭にあるので買わなくてもいいそうです。里山ではそれが当たり前。暮らしに必要な物は、家の周りで調達できるように手入れがされているそうです。
 「あさっては餅つきよ。またお手伝いに来てくれる?」
 もちろんです(笑)。自分の家の大掃除はほどほどに、正月を迎えるという「行事」を経験できることがうれしいのです。

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よこはま里山研究所NORA…http://nora-yokohama.org/

ハタハタ、本物のしょっつるをいただく男鹿半島の旅

ノンフィクション作家●島村菜津

 2006年の冬、イタリアで盛んな地域食材に焦点を絞ったツアーに感化されて、試しに、日本でもやってみようということになりました。初の試みなので、できるだけマスコミ関係の友人たちに声を掛けて8人ほどを募りました。そして相談を持ち掛けると、秋田のスローフード協会の2人が、ボランティアで1泊2日の旅の案内を引き受けてくれたのです。
 でもなぜ、ハタハタなのでしょう。それは、男鹿半島では乱獲によってハタハタが激減し、一度は絶滅さえささやかれましたが、漁師たちがあまたの合議の末、3年の禁漁に踏み切り、復活を果たしたというのです。
 12月のごく限られた時期にだけ見られる漁の光景は、圧巻の一言でした。沿岸漁とはいうものの、冬の日本海は青くうねり、見ているだけで引き込まれそうです。しかも20kgものハタハタを積んだ箱を勢いよく運ぶ漁師たちの平均年齢は、当時74歳。頭の下がる光景でした。そんな場面を脳裏に刻んでいると、研究者の杉山秀樹さんが、ハタハタに魚偏に神という字を当てる理由を教えてくれました。
 「昔、雷のことをハタタガミと呼んだんだ。晩秋、雷が鳴り、海が荒れて、水温がぐっと下がると、250mもの深海からハタハタは必死の思いで産卵のために藻場へとやって来る。こつぜんと現れる神の恵みというわけなんだ」
 ところが、その天の恵みを毎年、一網打尽にしていたのが激減の主な理由でした。それにしても、漁師による自主的な3年もの禁漁は、世界に誇るべき資源保護の事例だそうです。そのかいあって、ツアーの前年には約3000tの水揚げがありました。
 ところで、旅に忘れられない思い出を刻むのは、やはりおいしい料理です。地元の食通が半島自慢の「亀寿司」で用意してくれた絶品料理は、朝、入荷した日だけの限定品であるハタハタずし、雄の一夜干しの焼き物。それにハタハタとネギだけの潔いしょっつる鍋でした。
 鍋にたっぷりと注がれるのが、本物のしょっつる。やはり20年越しでこれを復活させた「諸井醸造」見学が、ツアーのもう一つの見どころです。大豆のしょうゆ造りを軸としてきたこの店の、このままでは大手に太刀打ちできないと再生の望みを懸けたのが、幻のしょっつる造りでした。使うのは塩とハタハタだけ、後は木だるに仕込んで最低3年待つだけ。こうして復活した魚醤(ぎょしょう)は、洋食の隠し味にもなる上品な味わいが受けて、今や待望の10年物も人気です。
 ツアーの断片は、新聞や環境サイトのコラムにもなり、地元に小さな恩返しもできました。流通や冷凍技術がいくら発達しても、現場でいただく味に勝るものはない、とあらためて実感させられた旅でした。単純に見えて、食文化を育む大自然の風景、働く漁師たちと加工職人、これらを深く愛してきた地元の食通たちの助言という、いく層にもなった食文化へのアプローチが、ツアーをスリリングで特別なものにしてくれました。おかげで、神の魚のおいしさは私の中に強く刷り込まれ、今も都心でしょっつるやハタハタを目にすると、つい手が伸びてしまうのです。

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3年の禁漁から復活したハタハタ

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冬、青くうねる日本海

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本物のしょっつるを復活させた諸井醸造の諸井秀樹さん


島村 菜津(しまむら なつ) ノンフィクション作家。1963年生まれ。東京芸術大学美術学部イタリア美術史卒。イタリアでの留学経験をもとに『スローフードな人生!』(新潮社)を上梓、日本にスローフードの考えを紹介する。『スローな未来へ』(小学館)『そろそろスローフード』(大月書店)『スローシティー』(光文社)など著書多数。新刊に共著の『ジョージアのクヴェヴリワインと食文化』(誠文堂新光社)。